三権分立と公正な裁判を制度的に保障して確立するために、いわゆる「判検交流」の廃止等を求める意見書(2025年5月22日)


2025年(令和7年)5月22日


内閣総理大臣         石 破    茂 殿
法務大臣             鈴 木 馨 祐 殿
衆議院議長           額 賀 福志郎 殿
参議院議長           関 口 昌 一 殿
最高裁判所長官       今 崎 幸 彦 殿
札幌高等裁判所長官   舘 内 比佐志 殿
仙台高等裁判所長官   小野瀬   厚 殿
東京高等裁判所長官   堀 田 眞 哉 殿
名古屋高等裁判所長官 渡 部 勇 次 殿
大阪高等裁判所長官   菅 野 雅 之 殿
広島高等裁判所長官   小 林 宏 司  殿
高松高等裁判所長官   遠 藤 邦 彦 殿
福岡高等裁判所長官   矢 尾 和 子 殿
検事総長             畝 本 直 美 殿

京都弁護士会                

会長  池  上  哲  朗




三権分立と公正な裁判を制度的に保障して確立するために、 いわゆる「判検交流」の廃止等を求める意見書


第1 意見の趣旨
(1)最高裁判所が裁判官を法務省に期限付きで派遣して行政訴訟や国家賠償請求訴訟における国の指定代理人を務めさせるいわゆる「判検交流」は廃止すべきである。
(2)「判検交流」の廃止により訟務を担当する法専門家が不足するのであれば、弁護士の活用により対処すべきである。
(3)「判検交流」が廃止されるまでの期間は、訟務部門から裁判所にもどってきた裁判官には国を当事者とする訴訟を担当させることのない制度または運用を確立すべきである。

第2 意見の理由
1 「判検交流」の実情
  いわゆる「判検交流」とは、裁判官が法務省に期限付きで派遣されて検事の身分となり、法務大臣の指揮の下、行政訴訟や国家賠償請求訴訟における国の指定代理人(以下「訟務検事」ともいう。) を務める制度あるいは慣行である(国の利害に関係のある訴訟についての法務大臣の権限等に関する法律2条1項参照)。法務大臣の国会答弁によれば、国の指定代理人として活動する裁判官出身の人数は2023年(令和5年)4月時点で41名であった※i。
  裁判所と法務省の訟務部門とのこの密接な人事交流は、薬害訴訟や公害訴訟の増大に対抗することを目的として1970年代に拡大した※ii。刑事分野での判検交流は2012年(平成24年)に民主党政権下で廃止された。しかし、行政府や立法府の作為・不作為の違法性や違憲性が争点となる行政訴訟や国家賠償請求訴訟の分野での判検交流は現在も続いている。
  2021年(令和3年)12月1日時点での裁判官の派遣先は、行政関係が合計171人、民間に14人、弁護士職務経験26人で、訟務局へ派遣され訟務検事となったのは54名、これは訟務検事全体の約45%にあたり、このうちの42名がもっぱら国の指定代理人として活動する者となった※iii。また、裁判官の欠員は、2022年12月1日時点で、265人(判事89人、判事補176人)であった。※iv
  裁判官の派遣について最高裁判所は、裁判官の派遣を求める側の要望を踏まえて個別に判断しているとする一方で、法務省へ派遣された裁判官がどういう職務に就いて活動するかは最高裁判所が決める立場にはないと説明している※v。
  裁判官が訟務検事として派遣されるのは原則として2年間である。
  歴代の訟務局長のポストは、法務省プロパーの職員ではなく、裁判所から派遣された裁判官が独占している。法務省民事局長のポストも同様である。
2 日弁連意見書(1986年)
  裁判官が官庁や民間団体に派遣されて法律知識を活かした貢献をしたり多様で幅広い経験を積んだりすることには、もちろん意義がある。
  しかし、派遣先からもどった裁判官が、派遣先だった官庁や民間団体が当事者となる訴訟を担当すれば、裁判の中立・公正を疑われることを避けられない。特に法務省の訟務部門に派遣されていた裁判官が市民と国の間の訴訟を担当する場合、市民の側から見れば、市民を敗訴させ国を勝訴させるため力を尽くしてきた元訟務検事に中立・公正な裁判を期待できるのかと不安になるのが自然な心情であろう。
  日本弁護士連合会も1986年(昭和61年)、「裁判所と法務省との人事交流に関する意見書」(以下「日弁連意見書」という。)において、「国を被告とする民事・行政事件の原告ら当事者が、裁判官がもと訟務検事として、自分の事件と無関係な事件にせよ国の代理人の立場にあった人であることを知ったとき、やはり訴訟の公正さについてそぼくな不安や疑問を抱くのではなかろうか。」「訟務事件のうちには、『その裁判の結果いかんがわが国の政治行政等に至大な影響をもたらすものがある』のである。裁判官が検事に転官し、政治行政等に至大な影響をもたらす訟務事件と深く係わり、再び裁判官に復帰することは、裁判の公正を保障するための司法制度とりわけ裁判官に強く要求される中立性や行政に対する司法権のチェック機能に大きな期待を寄せている国民の信頼に思いを巡らすならば、このような人事交流は消極に評価せざるを得ない。」として、二つの提言をした。
  すなわち、「一 裁判所と法務省との間で実施されている民事裁判官と訟務検事、刑事裁判官と捜査・公判検事とが期間を定めて相互に転官することは、司法に対する国民の信頼を損うおそれがあるとの認識を共通にし、これが是正をはかるべきである。」「二 いわゆる訟務事件については、国の代理人に弁護士を一層活用する等の対策を講ずることが望ましい。」との提言である。
  ところがその後、上述のとおり刑事分野での判検交流は2012年(平成24年)に廃止されたが、行政訴訟等の分野での判検交流は廃止されることなく、今も続いている。
3 近年の問題事例
  近年も判検交流が裁判の公正に対する信頼を揺るがす事案が相次いでいる。以下に例を挙げるが、訴訟を担当する裁判官の経歴は通常は当事者には不明のため、これらはたまたま表面化したものにすぎない。
① 生活保護基準引き下げ違憲訴訟
  2016年(平成28年)、金沢地方裁判所に係属した生活保護基準引き下げ違憲訴訟の担当裁判官が、過去にさいたま地方裁判所での生活保護基準引き下げ違憲訴訟の国側筆頭代理人だったことが判明した。当該裁判官は自ら回避(民事訴訟規則12条)しようともしておらず、原告側が忌避申立てを行い、「裁判の公正を妨げるべき事情」があるとして忌避が認められた(2016年(平成28年)3月31日金沢地方裁判所決定)。
② ジャーナリストに渡航の自由を!訴訟
  ジャーナリストの安田純平氏が旅券再発行を求めている東京地方裁判所の訴訟で裁判長を務めていた裁判官が、2022年(令和4年)9月1日付で法務省訟務局長に人事異動した。訟務局長職は、行政訴訟についての国の責任者で、この異動は前日まで行政事件の裁判長であった者が、翌日から同じ行政事件について国側のトップに就いたものである。この人事については、行政訴訟に取り組む弁護団、弁護士団体、弁護士が抗議し、同年10月31日に記者会見を行い、多くのメディアが、今回の人事や判検交流を問題視する事態となった。
  関東弁護士会連合会の声明によれば、これ以前に、東京地裁行政部の部総括経験者が、他部署への転任を経て訟務局長となった例が、少なくとも2例あった。
③ 原発差止め請求訴訟
  2022年(令和4年)9月16日、最高裁判所事務総局は、被告国の代理人として原発差止請求訴訟に関与した経験のある裁判官を、東京高等裁判所の原発差止請求訴訟係属部の部総括に転任させた。これを受けて原告側弁護団が回避勧告と忌避申立てを予告したところ、2023年(令和5年)1月20日、事件が同裁判所の別の部に配点替えされた。
4 判検交流の危険性と代替策
(1)三権分立の破壊、憲法に基づく統治に対する信頼の破壊
  三権分立は憲法の基本構造であり(憲法76条、41条、65条)、裁判所は立法府及び行政府の権限行使の違憲性・違法性を監視する立場にある。それゆえ裁判所(具体的には司法行政事務を担う最高裁判所)は、立法府及び行政府との一体化を避けることを憲法上要請されている。
  ところが、法務省内の訟務局長や民事局長という重要なポストは、代々裁判所から派遣された裁判官の指定席である。訟務局所属の訟務検事全体の45%に当たる54名が派遣された裁判官で、うち42名がもっぱら国の指定代理人として活動する者である(2021年(令和3年)12月1日時点)。法務省は裁判所からの裁判官派遣があることを当然の前提として人事を行い、裁判所も裁判官を派遣しつづけている。裁判官派遣を通じた裁判所と法務省の組織的な癒着あるいは部分的な一体化が恒常化しているといわざるを得ない。
  しかも、裁判所が裁判官を法務省に派遣して、法務大臣の指揮の下で行政訴訟や国家賠償請求訴訟を担当させる場合、これを原告となった市民の目で見れば、裁判所に行政府や立法府の作為・不作為の違法性・違憲性についての判断を求めているのに、被告である行政府や立法府の立場で反論してくるのは、法務省に派遣された裁判官(訟務局長とその部下たち)ということになる。
  また、裁判官が法務省に派遣されて訟務検事として務めた後、裁判所に戻り国を被告とする行政訴訟や国家賠償請求訴訟を担当する場合、これを原告となった市民の立場から見ると、判断権者たる裁判官もかつては訟務検事として市民を敗訴させるために全力を尽くしてきた人物ということになる。
  最高裁判所の初代長官三淵忠彦は就任記者会見で、現憲法下の裁判所のあり方について、「裁判所は国民の権利を擁護し、防衛し、正義と、衡平とを実現するところであって、封建時代のように、圧制政府の手先になって、国民を弾圧し、迫害するところではない」と述べたが、上記の場合に国を被告とする行政訴訟や国家賠償請求訴訟の法廷で原告となった市民の前に現れその目に映るのは、「封建時代のように、圧制政府の手先になって、国民を弾圧し、迫害する」裁判所の姿ということになる。このような裁判の現実を見た市民が、司法府は立法府及び行政府と一体化し癒着していると受け止め、三権分立や憲法に基づく統治、裁判の公正など絵空事に過ぎないのだと絶望するのは自然であろう。
  判検交流が続く限り、三権分立に対する信頼も憲法に基づく統治に対する信頼も脅かされ、破壊され続ける。三権分立に対する信頼と憲法に基づく統治に対する信頼は、立憲国家として確保すべき最低限の基盤である。これを脅かし破壊する判検交流は直ちに廃止すべきである。
(2)代替策
  国の訟務は、裁判官を法務省に派遣したり検察官を訟務部門に配置したりすることによってではなく、外部の弁護士の活用によって適正化が図られるべきである(国の利害に関係のある訴訟についての法務大臣の権限等に関する法律3条)。
  弁護士であれば、現に少なからぬ地方自治体の顧問弁護士が行っているように、外部専門家の立場から、時に国の機関の作為・不作為の法的問題を諌めながら、適切な紛争解決に寄与できる。国の機関のコンプライアンスの向上に資することも期待できる。また、裁判官の訟務部門への派遣をやめれば、裁判官の欠員が減り、市民のための司法サービスの充実につながることも期待できる。
5 結論
  以上のとおり、判検交流は、司法府が行政府や立法府を監視する三権分立(憲法76条、41条、65条)に対する信頼と憲法に基づく統治に対する信頼を破壊する慣行である。
近年でも判検交流が問題となる事態が繰り返し生じている。
  三権分立と公正な裁判を制度的に保障して確立するために、判検交流を速やかに廃止すべきである。
  廃止により訟務検事が不足するのであれば、弁護士の活用により対処すべきである。
  判検交流が廃止されるまでは、訟務部門からもどってきた裁判官には国を当事者とする
訴訟を担当させない制度または運用を確立すべきである。
以上



※i 2024年4月8日参議院決算委員会における芳賀道也委員の質問に対する小泉龍司法務大臣の回答。

※ii この経緯を、後掲の日弁連意見書(1986年)5~7頁は、次のように説明している。
(註の〔 〕内は意見書では本文中ではなく末尾に挙げられている。)
「昭和四五年の法務年鑑の訟務部業務概況報告は、「当部所管にかかる訟務事件は近時の国情ないし社会情勢を反映して、増加の一途を辿り、質的にもわが国の政治、行政、社会経済等万般の分野にわたり複雑困難な、しかも新しい法律問題を含む事案が全国的に多発しており、かかる事件のうちには、その裁判の結果如何がわが国の政治行政に至大の影響をもたらすものがある。これら事件の処理の適正効率化を推進するために、当部における中枢管理機能をさらに徹底するとともに法務局、地方法務局の責任処理体制の確立を期し、組織としての訟務事務処理体制の充実強化を図った」と述べているが、同趣旨の発言は、訟務部内での会合において繰り返されている(註四〔昭和46年4月27・28日に行われた新任訟務検事事務打合会における訟務部長講話(訟務月報17巻4号)、昭和48年10月17・18日に行われた法務局商務部付事務打合会における訟務部長指示(訟務月報19巻12号208頁)〕、註一〔昭和46年5月18日に行われた法務局長、地方法務局長会同における訟務部第一課長説明(訟務月報17巻5号889頁)〕)。更に数年を経過してからの、国会における法務省の答弁は、訟務事件を担当するに相応しい法曹資格者は検察庁の中から得難いので、「民事事件に堪能な裁判官」を求めたと説明している(註五〔昭和55年5月4日、衆議院法務委員会における枇杷田泰助法務大臣官房司法法制調査部長の答弁〕)。/このように、もともとは全国規模で提起される国を被告とする民事・行政事件の増加に対応する訟務体制が不十分であったがために、その質量両面の充実と育成という必要性から、裁判官を訟務検事の供給源とする人事交流が増加したのであろう。しかし、時が経つにしたがい、その態様に変化を見せ、当然の人事異動であるかのように定着してしまっている。」

※iii 2022年3月9日衆議院法務委員会における階猛委員の質問中の説明及び2018年3月30日衆議院法務委員会における山尾志桜里委員の質問中の説明による。なお、2023年11月10日衆議院法務委員会における本村伸子委員の質問中の説明によると、裁判官の行政府省庁への出向人数は2013年に146人だったが2022年には168人と増えており、法務省への出向の人数も2013年の89人から2022年には100人となり、増加している。

※iv 日本弁護士連合会、第65回人権擁護大会、第 2 分科会基調報告書、492頁。

※v 2022年3月9日衆議院法務委員会において徳岡最高裁判所長官代理者は「訟務検事を含みます法務省等への出向につきましては、裁判実務の経験があり、法律に精通している人材としての裁判官の派遣を求める要望を踏まえ、裁判官としての知識経験を生かせるなど、職務内容自体が相当なものであるかどうかなどを検討の上、個別に判断しているところでございます。」「求めは法務省さんからいただいているところでございます。その中で、どういう形で活動するかということは、最高裁判所が決める立場にはございません。」と説明している

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